日記
やさしいうたがまどろみを侵す。たぶん誰でも、誰だって、美しい思い出なんかいくらでもつくれた。つくってしまえた。パレットが並ぶ家々は夢心地でした。誰も住んでいないような空気の通り道は呼吸をやめて、笑顔はささやかでした。隣なんて誰でもよかった。すべて嘘になるなら顔がない方が居心地がよかった。忘れてしまえるからですか。はじめから個として認識しなければ、楽だったからですか。
罪な人だと烙印を押されれば、満ち足りたふりをして楽になれましたか。思ってもいないことを飄々と言える口や、ほほえみを投げる横目などをそうそうに食いちぎり、嫌いなものにしてしまえましたか。そんな自分を、愛せましたか。
一文字草のなつかしい匂いが嫌なものであってほしいなんて思い出すらなく、わたしは、かけがえのないものをかけがえのないものとして扱うことすらできません。不器用だと一言で片付けられれば済んだのでしょうか。
あなたは愛していますか。それしか訊くことがありません。本の一端をなぞるようにわたしを、愛していましたか。思えばあの時あの行動は愛でした。あなたもわたしも、確かに愛でした。年齢が伴わずとも、いえそもそも愛することに理由も制約も要らないはずでした。たしかにそうだったのです。永遠は未知なものとして満ちていました。かけがえがないのですね。終わってしまってもなお、かけがえがないのですね。
ひとり取り残されたわたしとわたしを忘れないあなたに免罪符をください。月日が経てばかんたんだと、思ってもなぜおしまいになってしまうのでしょう。涙が止まらないのです。大嫌いになりたいのです。愛してるから忘れたいのです。おわかりですか、みじめなわたしを、哀れだとお思いになるならいっそ早く殺してください。あなたなんて嫌いです。価値観も性格もなにもかも嫌いです。好きなところなんて思い出そうとしても、感覚でしか、わかりません。
そんな不埒なわたしを、あわれだと、思ってください。そしてまた見つけられたら、愛してください。好きです。大好きです。理由がわからない恋というのはわたしは初めてです。憎らしい。最低ですよわたしもあなたも。一生永遠にわたしのことが焼き付いて離れなければいい。苦しめばいい。
なんて嘘です。愛してるからそんなこと望めないよ。幸せになってね。最悪だ。全部おしまいになって、おしまいの先に、イーハトーヴォを見つけてください。心から。
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