HEAVENLY TWINS 「やさしい叫び」


 からだ全身が生あたたかく、りんかくを薄くぼかされたようだった。
外は灰色。いつもどおりの 空、停滞した。

 ここにきてどれくらい経つだろうと思い浮かべるけれど、ふしぎなことにまったく検討がつかない。それもそうで、きっとここは夢のなかだから。

 つながれた細い幼虫のようなチューブはわたしのからだすみずみまでゆきわたり
葉脈のように。違和感はなかった。
けれどヒュー、ヒューというほそい呼吸の音だけが、やけにリアルで

 そろりとめだまをうごかす。咳をしてもひとり、という正岡子規の句を思いだす。
ここにはなにもない。


 「ないてる?」

うずくまるわたしの前に、あいつはいる。
まるで存在しないかのように、うっすらとした白で。純潔。そしておそろしい、白で。
やめて
ほんとうに。やめて。わたしの前に立つのは、やめて……

「らびこちゃん!」
「……」

瞳がぶつかり すいこまれ、衝突して
そしてまた
離れる。
ただわたしに似ているというだけでなく、
このいきものには、あらがえないなにかが確かに存在していた。

校庭の桜 
ゆれる崖 ドーナツ上にならぶ家
さざんかのプール、網膜に焼きついたリボン、南京錠、時計台 崖 崖 崖
「崖」

なにいってるの。声が落ちて、ほんとにじぶんでも、そうおもった。
とめられない衝動は、どう安心させてあげればよかったの。
スフレ、わたしは そうゆう方法が、なにひとつ なにひとつだって、わからないのよ。
枯れた花がからりとおちる。名前は、考えたこともなかった。


 どうやら指だけはうごくみたいで、そっと ほかの部分がこわれないように うごめいた。
ところでここにいるせいの高い男の人や、ハンカチをもったふくよかな女の人は誰だろう。まるでドラマみたいね、とぼんやり眺める。

「スフレさん、具合のほうは」

つめたそうな聴診器をさげた黒ひげがいう。
具合もなにも……。うごけない、しゃべれないんじゃどうしようもないわよね。
ひだり手の小指をカクりと動かしてみる。
途端 ふくよかな女の人は甲高い狂喜のこえをあげてたちあがった。

ながれるやさしい歌も ことりの声も
ねぇ、わたしが病気だからあるのよ

うすくほほえむこともできないの。
医者はそのままわたしのあたまをそうっと、壊れものみたいになでて  わらった。


 「らびこちゃん、わたし、らびこちゃんがどんな姿になっても 大好きな自信があるのよ」
「なによいきなり」

そうねぇたとえば貝でも、ピアノでも、枯れたみずうみでも なんでもよ。
スモーキーピンクの空だ。明るさや陰りはしていなく、ただたんたんとすぎるはずの時間が、永遠に閉じこめられたようだった。
らびこは目をふとおろしたあと、またついと見る。

「たとえば、月でも?」
「ずるいな〜」

月は唯一、スフレのだいきらいなもので、わたしと対極にある存在で、そしてわたしの大好きなものだった。
神さまどうか このいきものを遠くへやってください。おいだしてください。
追い出した後はどうか わたしの記憶からも消し去って、えいえんに、うつらないようにしてください。


 機械音。
あげくのはてに、わたしはこんなところへきてしまった。
らびこちゃん

「涙って、しらなかったけど音があるのよ」

目がもえるようにあつくなるでしょう。
そうしてじわりにじんで、つぅと伝ったかとおもえば、
どおんと鳴るの。まるで慟哭。みずうみの雄叫びみたいに。
どぉんと鳴って、そうして、なんにもなくなるの。
わたしみたいに。



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