短編「シャルウィダンス」
うす淡い闇のなかに、ぼんやりとした光がいる。ぽつん、しかし一人きりで輝くそれに、男は目を奪われた。
はっきりといえばそれは事故で、しかし彼にとっては事実この上ない悲劇だった。透明な嘆息が語る明日へのかろうじた一歩は、それによって阻まれた。前脚をうしなうような、衝撃。しかし泣くこともできない、抑え込まれた、咽び苦しむことすらできない、セントレジス・ヴィラの執事がだから粛々と微笑むことしかできないような深い悲しみ。
幻想の恋人──女が死んだことを、男はわかることができないでいた。はじめはふくふくと健康的な丸みをたたえていた腕は一日、一日と繁くそこに通うたび、贈られたリストバンドが余白をもっていった。
彼、来ないわ。女がぼうと見つめる窓のそと、それを見つめる女を男は見ていた。なにも言えない、触れられない。彼女は義父の娘。
ぽつり、光が導くように瞬く。ただそこにあるだけだった。ただそこにあるだけの光。しかしそのことが、男を救った気がした。まるで光の中ではじける舞踏会だった。どこにもいけない人間たちが、寂しく踊り合うそれだった。
「ぼくもいれてくれないか」
元々放り投げられるはずだった言葉がきちんと彼らの中に届いてゆく。惹き込まれ、彼自身がくるのをただそこにあるだけで迎え入れている。一歩踏み出す。ギシとなる床は遅れて一瞬、義妹の病室を反響させる。与えられないのなら、側にいてはいけないのをしっていた。しっていることは、いつも男を蝕んだ。けれど愛したいものを愛したいといって、何の不自由があったのだろう。
「しずかに」
まばたき。自然と寄っていった眉は無念ともつかない顔をして、すべてひとつに押さえ込まれた感情は自分の意思をもって内から暴れ出した。ぼくはどうしたらよかったのですか。瞬き。混乱を閉じこめた能面に貼りついた両手の間から、つ、と伝って床に落ちていったのは涙。あとから、あとから。
光はほほえみ、男の喉に近づいて、光を放った。もうそれでよかったと思えるようなささやきは男を包み、無垢な包容と引き換えに光は男に呑み込まれていった。
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