やさしくなぐさめて



「どうして君が泣いてるの」

 君が先に裏切ったのに。
 裏切ったなんて言葉使うんだと、場に似合わない新たな発見をしている。何が悲しかったのかもうよくわからず、わからないまま、途方に暮れて泣いている。

 月が満月になります、とテレビが話している。窓は開け放ってあり、夜風がつめたくぬるい。繋がれた手は、しかしもうあまりにも心許無く、二人でいるのにありえないほど寂しいことにぞっとした。月が満月になるなんて、変な言い方だと思って。

「なんで泣いてるのかわからないの」

「僕が悪いみたいだね」
「ちがう、」

 ただその時はそうしたかったから、なんてばかげて子供じみた言い訳が次から次に落ちる。案外、自分って馬鹿なんだなと今頃になって気づく。記憶しただけで自分のものになったと思ってたんだ。

 この人の目はしんと暗くて、わたしはわたしのことを悪いと思ってて、でもなんで泣いているのかわからない。泣く資格もないと思うのに、でもどうしてこんな状況になってるのか理解できなかった。ただ頭の隅で思うのは、わたしってバカだなあ、と。脈絡もなく。しかたなく。わたしは馬鹿だな。

「ふたりでいたいなんて嘘だったんだ」

 嘘じゃない。「嘘じゃない。」ふたりに、はじめは、なれたらいいなと思った。でも、二人でいると苦しかった。どうしていいのか、「いつも、」いつもわからなくなった。でも、君のことは、好きと思ってる。「好きと、思ってる。」それとは別に、境界がいつもわからないと、思ってる。何をゆっていたっけ。言葉はいつも遅れてやってきて、正しく伝わる試しがない。

「馬鹿だね」
「そう。」

 やわらかく、いつもみたいに笑ってくれたらよかった。そうされてもおそらく、また別のところで不満を持つのだろうけれど。

 月明かりに照らされてるカップ麺が綺麗。醜いアヒルの子をさらに醜くしたドブネズミ、みたいな顔で笑ってる画鋲を目の端に捉えて、人差し指をなぞってみる。やっぱり好きになれなくて、それはずっと変わらず、愛しいことだった。

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