HEAVENLY TWINS 「やさしい叫び」
からだ全身が生あたたかく、りんかくを薄くぼかされたようだった。
外は灰色。いつもどおりの 空、停滞した。
ここにきてどれくらい経つだろうと思い浮かべるけれど、ふしぎなことにまったく検討がつかない。それもそうで、きっとここは夢のなかだから。
つながれた細い幼虫のようなチューブはわたしのからだすみずみまでゆきわたり
葉脈のように。違和感はなかった。
けれどヒュー、ヒューというほそい呼吸の音だけが、やけにリアルで
そろりとめだまをうごかす。咳をしてもひとり、という正岡子規の句を思いだす。
ここにはなにもない。
*
「ないてる?」
うずくまるわたしの前に、あいつはいる。
まるで存在しないかのように、うっすらとした白で。純潔。そしておそろしい、白で。
やめて
ほんとうに。やめて。わたしの前に立つのは、やめて……
「らびこちゃん!」
「……」
瞳がぶつかり すいこまれ、衝突して
そしてまた
離れる。
ただわたしに似ているというだけでなく、
このいきものには、あらがえないなにかが確かに存在していた。
校庭の桜
ゆれる崖 ドーナツ上にならぶ家
さざんかのプール、網膜に焼きついたリボン、南京錠、時計台 崖 崖 崖
「崖」
なにいってるの。声が落ちて、ほんとにじぶんでも、そうおもった。
とめられない衝動は、どう安心させてあげればよかったの。
スフレ、わたしは そうゆう方法が、なにひとつ なにひとつだって、わからないのよ。
枯れた花がからりとおちる。名前は、考えたこともなかった。
*
どうやら指だけはうごくみたいで、そっと ほかの部分がこわれないように うごめいた。
ところでここにいるせいの高い男の人や、ハンカチをもったふくよかな女の人は誰だろう。まるでドラマみたいね、とぼんやり眺める。
「スフレさん、具合のほうは」
つめたそうな聴診器をさげた黒ひげがいう。
具合もなにも……。うごけない、しゃべれないんじゃどうしようもないわよね。
ひだり手の小指をカクりと動かしてみる。
途端 ふくよかな女の人は甲高い狂喜のこえをあげてたちあがった。
ながれるやさしい歌も ことりの声も
ねぇ、わたしが病気だからあるのよ
うすくほほえむこともできないの。
医者はそのままわたしのあたまをそうっと、壊れものみたいになでて わらった。
*
「らびこちゃん、わたし、らびこちゃんがどんな姿になっても 大好きな自信があるのよ」
「なによいきなり」
そうねぇたとえば貝でも、ピアノでも、枯れたみずうみでも なんでもよ。
スモーキーピンクの空だ。明るさや陰りはしていなく、ただたんたんとすぎるはずの時間が、永遠に閉じこめられたようだった。
らびこは目をふとおろしたあと、またついと見る。
「たとえば、月でも?」
「ずるいな〜」
月は唯一、スフレのだいきらいなもので、わたしと対極にある存在で、そしてわたしの大好きなものだった。
神さまどうか このいきものを遠くへやってください。おいだしてください。
追い出した後はどうか わたしの記憶からも消し去って、えいえんに、うつらないようにしてください。
*
機械音。
あげくのはてに、わたしはこんなところへきてしまった。
らびこちゃん
「涙って、しらなかったけど音があるのよ」
目がもえるようにあつくなるでしょう。
そうしてじわりにじんで、つぅと伝ったかとおもえば、
どおんと鳴るの。まるで慟哭。みずうみの雄叫びみたいに。
どぉんと鳴って、そうして、なんにもなくなるの。
わたしみたいに。
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