短編 「レンガ(Smokey pink)」
あるところにレンガをつみつづけるおじさんがいて、その近くにはきいろを愛する女の子がいました。
ここは砂漠の最果てであり、また夢の延長であり、そしてやわらかい桃やピーナツの香りがふうわりと漂うやさしい街でもありました。
誰もここを秩序がない街だとはおもわず、ただ日々における平凡を ゆっくりと楽しんでいました。
レンガをつみつづけるおじさんは言います。
「今日はレンガをふたつもつんだぞ。がんばったなぁ」
それをみていたきいろを愛する女の子は、あれぇと思いました。
かわいたスモーキーピンクのそのレンガは、たったふたつしかつみあげられていないのです。
いったいおじさんはなにをしていたのでしょうか。
「おじさーん」
「なんだい?きいろの女の子」
「どうしてレンガをふたつしかつまないの?」
女の子ははらっぱのくぼみにある大きな家からさけびます。
その声に、おじさんは「さぁ……どうしてだろうねぇ」とやわらかくたばこをふかしていました。
また別の日です。この日の外は大荒れの大嵐で、砂あらしはおきて、火ネズミは街中に穴をあけ、みずうみが大きなガラス玉になるなどたいへんでしたが、それでもおじさんはレンガをつんでいました。
女の子は、それを大きな家から、そっとのぞいていました。
おじさんのつんだスモーキーピンクのレンガは、雨にぬれてつやつやと赤くひかっていて、女の子は
あぁ、レンガが風にとばされてしまったら
どうしよう!と、真剣に頭をなやませていました。
次の日、女の子がはらはらしながらお山のくぼみを越えて、おじさんのところに行くと、
レンガは無事でした。からりと乾いて、いつも通りの安定した、あんしんな顔を浮かべていました。
女の子は心底ほっとして、レンガのかげに腰かけます。
「よかったねぇ」
でも、すぐに あれぇ?と思います。おじさんはどこに行ったのでしょうか。
あたりをきょろきょろと見まわしても、レンガからそろりとのぞいても、お山の方をふりかえっても、元から存在しなかったように、おじさんはありませんでした。
女の子はふしぎに思いながらも、しばらくそこにいようと思って、もってきた白パンとチーズをひとかけらたべました。
そうして てらてらと降りそそぐあたたかな日ざしのおかげでだんだん眠くなり、気がついたときにはきいろの夢のなかでした。
女の子は探偵のすがたで、これはおかしいと思います。だって 女の子はきいろが大好きで、ピンクのレンガなどを好きではないはずだったからです。まして、スモーキーピンクならなおさら。
そうしてまくらもとをはしるトカゲに訪ねようとしたところ、はたりと目がさめました。外はぼんやりと灰色がかり、もう帰らなくてはいけないころでした。
「かえらなくちゃ……」
でも、帰る場所はおもいだせません。
ずっとここにいたような気がするのです。
その瞬間、女の子はおじさんが消えてしまったわけがわかった気がして、少しこわくなりました。
レンガは、またふたつ増えていました。
まっしろな空間。ここはどこでしょう。
きもちわるく顔の分裂したピエロが、女の子を息もせず じっ と見つめていました。
女の子は手をのばし、掴もうとして、そして消えました。なにもかもかんたんに消えたりなくなってしまうこの街のことを、愛しいともこわいとも思いました。
「おじさん……」
声をぽとりと投げてもかえってこないのは、ピンクを好きにならなかったからでしょうか。
「でも、それってなんだか おかしいわ……」
なにかを得るためにじぶんをむりやり変えるのは、フェアじゃないと思ったからです。
立ちあがり、わたあめのことや昔買っていたあばら骨がくっきりと浮かんだ犬のことを思いだし、女の子はもとの場所に戻りました。
おじさんはいないまま、また、レンガはふえています。
それから女の子はちゃんと家にかえりました。でも、やはり次の日にはレンガのもとへ出かけてゆきました。
ここではなにもおこりません。誰もいません。風さえ、吹いていないような気がします。
でも、安心がありました。
女の子はピンクは好きではありません。でも、ここにいました。好きでも嫌いでも、ここには毎日ちゃんとあたらしいものが増えてゆくからです。
おじさんは見えなくても、レンガは規則的に正しく、毎日律儀にふえてゆくからです。
女の子は孤独は好きではありませんでしたが、人の気配を感じる孤独は好きでした。
雨の日、ゆきの日、あかるい日、暗い日、女の子はどんな日でもレンガのもとに通い、そうしてそこでトランプをしたり、ひなたぼっこをしたり、おひるねをしたりしました。
ある日のことです。
街に大きな波がきて、原っぱをのみこみ、レンガをものみこみました。
レンガはもう、スモーキーピンクではありません。お日さまの光をすいこんだきいろでした。
女の子はいなくなりました。
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