短編「秒速のマフラー」
となりの少女がいっていた
日常が非日常にかわるのは、まばたきよりもずっと早いと。
その日は当たり前のようにはれていて、わたしと彼女は遊園地にいた。彼女の青いマフラーは、目にあかるかった。
彼女は赤が好きだった。とくべつそれが好きというわけではないけれど、書くことがないから間に合わせでプロフィールの好きな物欄に書くというような度合いではなかった。
彼女は赤に支配されていた。
彼女が赤を好きというより、赤が彼女を選んでいた。てらてらとひかるチェリーパイ、クレヨンのふうせん、いちごジャムに、ひざこぞうに滲んだ血さえ、赤ならば形をとわず愛していた。
そうして今日になって、わたしは彼女にといかける。
どうして 青のマフラーにしたの?
さらりと目線が交差して、流れた。
「用心のためよ」
たんたんとして、それが世界の常識みたいに。
なにが用心なのかはわからないけど、たしかに彼女はいっさいの赤をまとってはいない。
けれど次のまばたきをする前に、わかった。
たぶん鼓膜はやぶれた。
彼女は思いきり絶叫したあと、あたり一面に朝食を、さっきたべたばかりのポップコーンをぶちまけた。
音はまったくきこえない。ただ泣き叫ぶ彼女のおそろしい顔だけ
からりとはれた青のマフラーだけを聴いていた。
「ねぇ」
かたちだけの声を発し、彼女からいっぽ、そして二歩しりぞいた。
彼女は赤におびえている。
あんなに好きだった、愛していた、支配されていた赤に心から恐怖し、泣き叫び、怒り狂っている。
そうして青は粛々と、ひかりを纏っていた。
わたしは あぁと思う。
日常が非日常にかわるのは、まばたきよりもずっと早い。
青のマフラーはなにごともなかったかのように、彼女のゲロを包んだ。
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