最悪な名前をつけて


 夜、午前零時に目を瞑ってから午前3時まで眠れなかった。眠りにつく前、安部公房の「笑う月」の冒頭を読んだ。如何にして質の良い睡眠に入るかを西部劇を舞台に、流れるように綴っていた。しかしわたしは見事眠れず、午前3時にくまを抱いている。使い古されてくしゃ、とひしゃげたくまは安心の顔をしていた。生きていないからこそできる微笑みだった。

 この先にレールがない、ことの恐ろしさに包まれていた。選択肢しかないからこそ不安だった。愛するものがほしく、全てから開放された今の不自由さに愕然とした。何にも縛られない今、わたしは四角の枠線からつま先を出す方向さえわからない。クレーンゲームのように、左右だけでも決めてもらえればありがたかった。マリオカートで逆走しても逆走し続けることが可能なように、わたしは途方に暮れていた。静けさが静寂を包み、こんなことで絶望するわたしは愚かだと殴りながら、贅沢な涙を流している。瞬きをすることが罪のように思えた。両のまぶたが引き合ってしまえば、烙印が押される気がした。

 いっそぼんぼんナイトキャップを被ったままくまを引き連れて散歩にでも出ようか迷う。箱に入って育ったわたしには、あまりにも重大な反逆。外はきっとつめたくて、ひんやりとしている。音すら空気の絶妙な張りが飲み込み、もとから存在しなかったかのように。結局出なかった。電気毛布に抱かれて、なんで生きてないのにこんなに暖かいんだと嫌になった。生きてないから暖かかったのかもしれない。永遠にきっといなくなってくれない、その幸福で眉間がよるような輝きは、有無を言わずとも答えを出してくれた。なにもかもおしまいだと思う。夢で、高校のとき険悪だった後輩の男の子と付き合っている夢を見た。おそらく溺愛されていて、幸福だと思う。午前3時を過去のものにして、目覚めて一瞬、また愛がほしかったと知る。


0コメント

  • 1000 / 1000