おわりってゆって
冷静でいようとは思う。でもわたしのなかの火が燃えている。自分ではどうにも抗えない、冥王星みたいな炎。放っておくと感情まで支配され、いつしかわたしは、熱狂的に支配されてゆくのを嬉しいと思っている。
タバコ、吸うの?と聞いてみる。夕暮れの帰り道。質問するのは自分が聞かれたいからだ。ゆっくり、吸わないと彼は答える。聞かれなかったから、わたし、吸ってると思う?と聞いた。なんでもないふうに。うん。めちゃくちゃ吸ってそう。吸ってるよ。と当たり前のように決めつける。それが彼なりの冗談で、機嫌が悪くないということは、短い付き合いのなかでなんとなくおぼえた。
烈火みたいな炎。みんなはこれをどうしてるのかな。わたしはそれを隠すから、モンスターみたいな気味の悪さをもつのかな。人は理想をファッションに投影する。純白な何か。になっていれば、気持ち悪い炎が隠せると思った。情熱的で破壊的であることは、わたしにとってタブーであるらしかった。
四つ角。車が二台向かい合わされる。住宅街でのそれは、なんだかおもちゃみたいでおかしい。夕方にも四つ角はふたつ現れた。二度目は車はいなくて、代わりにサラリーマンだとか、学生が交差をする。夏の終わりがはじまっている。
歩くのは、いつも彼が早い。はじめは、わたし歩くの遅いから、といいながら合わせることを求めていた気がする。今はなにか、そういうのがどうでもいい。どうでもよくなるほど気を許せたのか、諦めているのかはわからない。ただ、心を許すことができなかった。
最後の日みたいだ。ちっぽけな、当たり障りのない、どこにでもあるふたりの最後の、実際的な。セックスしても、抱き合っても、安心するように強く抱きしめられても埋まることのなかったわたしの頑丈で、なさけない心の壁。わたし、煙草は吸うよ。あなたと別れてもたぶんひとりでそうすると思う。めちゃくちゃ吸ってる。そうね、あなたは全然吸わなそうといったけれど、ひとは見た目ではわからない。だからわたしの炎を見せることができない。打ち明けることができない。ひとりで、ふたりになることができない、わたしは、君を好きになりたかった。
遠くで煙った店の灯りがみえる。ぽつぽつと帰り道のひとが増え、疲れたような、夕方特有の雰囲気が街を満たす。気だるげで、けれど憂鬱ではない。そんな空気。
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