ミロ
ふかふかのベッドによこになって まず、思うことは
体にのしかかる、重力。
いままでの、じんせいの おもみ。
ゆっくりとまぶたを閉じれば、あたまが 上から下へ グラデーションがかかってゆくみたいに
白めいてゆく
もやがかかってゆく
ゆるり
ねむることが怖くなり、目をあけてしまう夜も、ゆるされて
とてもしずかに まばたきをするように目を細めれば、黒のなかに てん、
と
うすくあかるい場所がある
ねむれない
ねむれない。
夜はくらいからこわいけど、たしかに光る
おつきさまを反射して、ひかっているから、あんしんできるのだ。
夜になって、おひさまをうけた 朝のふとんでねむりにつきながら、そう思って。
へんだとおもう。
夜ならずっと、夜ならいいのに。
夜なのに、あさといっしょにねむっているなんて
ゆるゆる
ねむる
眠ってゆく
ふたたび目をとじると、うかんでくる景色。
みおぼえがある……
“ミロだ!”
サーッ!
血の気がみるみるひいてゆく
ガバッととび起きれば、目の前におかれた姿見に、うつるわたしの血走った目
ミロだ
ミロだ!
うわごとのように繰り返しては、しんでしまいそうなくらい 汗がだらだらでてくる
どうしよう
ミロは、頭のなかの 子
でも、たしかに、この世界に
わたしとおなじ世界に、存在しているたしかな 子。
頭のなかにしかいないけど
でも、たしかにこの世に、生きて存在 しているのだ。
「おちつこう」
どうせ ここからは逃げられないのだ。
ミロかわたしの、どちらかが死ぬまで。
もしくは、世界がガシャンと割れて、なくなってしまうまで。
ミロはわたしのなかで、ほほえみをうかべる。
素朴な目を、音もなくほそめて
スカイブルーのくちびるを にっと、ひきあげて
ほほえむ。
ミロの髪の毛は、おもちゃみたいなきいろ。
パサパサしていて 質量のあるそれは、耳の横ほどで ボンっというふうに まとまっていた。
なにもいわないで、
このひとは
こどものような形をして、わたしを惑わせる。いつも。
しずかに、ただ そこにいるだけなのだ。
それなのに、こんなにわたしは、ミロなしじゃ
生きられなくなってしまった。
ミロは、とてつもない 安心感を
からだじゅうから、放っていて
ミロはなにもいわない。
肯定もしなければ、否定もしない。
このことが、わたしをからだの内側から、たしかにしっかりと、支えていたのだ。
ゆうれいみたいだ と思う。
でも、わたしは ミロの存在を 絶対に知っている。
ミロのほほにはそばかすがあること
ミロは 青い青い、チョコレートだけを好きなこと。
ミロには名前がないこと。
ミロは、たしかに、わたしだけの
ミロであること。
「ミロ」
しっとりと、目線がからんで
ほどけて、そして しっかりと 結びつく。
ミロはなにもいわない。
立ち上がる。
足が すっと、まるで 決まってるかのように。
あたまの先から糸が出て、ピン!と空に向けて ひっぱられたみたいに。
頬を思いっきりぶたれたような感覚が ずっとしていた。
目のぜんたいが
じゅわっと熱い。
目頭がじくじくいたくて、焦点があわなくなる。
ミロ。
…しらない
しらない。
わたしは、あなたのこと
「なんにも、しらないんだよ」
ツっ
と
ひとつぶ、どうでもいい 涙がこぼれた。
しょせんわたしひとりの
なんの役にもたたない。
ぜんぶいやになる
わたしは 結局 だれのことも、
わかることはできないような気がして。
「……だきしめて」
ミロはしずかに わたしをつつむ。
ミロ、わたしの、ミロ、。
ぼたぼたと とまらない。
夜はもうすぐ、おわりを迎える。
すべてを知っているおつきさまだけが、あかるくわたしたちを、照らしつづけていた。
fin.
0コメント