短編 「アウトオブいぬ」



 やさしげなうたが聴こえて、いまが夢かほんとかわかんなくなる
夢ならまだねてたいし、ほんとなら朝日でもあびましょうかってくらいの。

頭がぼーっとすると なにもかも秩序がなくなってこまる。今だって、まあるい地球みたいなのに、リボンと 牛の毛皮と、曼荼羅が手をつないでおどっている。きっと夢かな。
 
 そういえば今日はひさしぶりに雨で、大好きなジェラートのお店(週3で街の広場にくる)が休みで、おまけに台風のこどもがわたしの家に居候にきてたいへんだった。

台風のこどもは、おとなになるためにしばらく力を貯めていたいらしい。2年前から飼っている犬がビビって タオルケットから出てこないからこまる。

「犬ちゃん、ほら、こわくないよ
……台風のこどもは、悪さはしないから」

呼んで、ふと、あぁ 名前をつけてなかったと気づく。なるほどわたしは、いつだってもちものに名前をつけようとしない。
現に、もちものとおもっている時点でもうダメなのだ。

すでに紫いろの空はかたこたと不気味に鳴りはじめ、からかさおばけや小豆洗いなんかが空を舞い始める。カーテンをしめる。反動で近くのペットボトルが倒れる。
「ワン」
「……ほら、おいで……」
いつまでも駄々をこねるような犬をみていると、わたしまで泣きたくなってきて、名前をつけてしまうぞというきもちになる。
名前をつけると みんな死ぬからいやなのに。

「ほら……」

 と タオルケットをまくれば、もういなかった。あたりまえのように、そこは完全な無だった。
犬はいなくなった。となりの台風のこどもは、満足そうに息をついた。
まさか……と言いはじめる前に台風は消える。
もうわたしには、なにも残っていなかった。

 すこしして、
かたかたと、あずきが窓をかすめる音がきこえた。
外はあいかわらずの紫いろで、とおくで雨がダンスをする音もしていた。
 
足元にのこる、犬の首輪。
手をのばすと、一応さわれた。
ひとつくらい。と泣きべそをかくと、ちりんといつのまにか、そこにいた猫と目があった。

「名前、ほんとはきめてたの」

でも、こわくてつけられなかったの。
夫婦喧嘩は犬も食わない。わたしの犬も、そういう判断をしていたかしら

大丈夫、わかってる。
後悔もたぶんきっと、犬も食わない。


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