つぶやきメモ

ツイッターでいったこと 半年分くらいまとめた


びっくりするくらい単純なことがたのしかったりする

存在しないっていいことだ 無限の可能性あるし勝手に安心しても怒られない

全くうどん屋じゃないんだけど、すき焼き注文しながら「ウエストのうどんのことどう思います?」って聞かれた時はこういう客のために頑張ろうと思った

恥ずかしい話だけど育ってきた環境とか、もらったものとか身近な大切な人とか、経験や自分がしてきた選択とかが一番めちゃくちゃ好きで、その上でわたしが成り立ってるからそんな自分も好きなんだよね 皆からもらったものでできてるから

そういう壁を挟んで深い自己愛があるんだよ
たしかにわけわかんないほどきついし悲しいけど根底はわたし愛しかないよ

他人のことは深く意識せず、干渉はいきすぎず、けれど浅く薄い愛をみんなに対してもっているだけではだめなの ? どうしてもそうしかしたくない 愛すると死を多く集めないといけないからこわい

楽しいことが大好きで常に進んでたくて人から干渉されるの大嫌いで自分の生き方を貫きたい、けどそれをするとコミュニティが壊れるので最低限必要なものや意識を纏いながら生きてる感じ 多分

大丈夫 なにがどうなってもわたしが変わるわけじゃない ひとりで凛とする そういう人になる

決断日の一日前にちゃんと好きじゃなくなれてよかった わたしわたしのこういう馬鹿で愚かなとこすきだよ

相談のってくれて嬉しかったしここで好きになっちゃったけど、でもやっぱりわたしはわたしで生きるよ 人に頼ったり縋るのほんとに向いてないと思った

わたしはわたしの愛する道だけ信じたいし進みたい 誰にも何もいわれたくない

大丈夫 なにがどうなってもわたしが変わるわけじゃない ひとりで凛とする そういう人になる

多分なにもかも大丈夫なんだろうな 当たり前のことだけど、みんなちゃんときれいに回ってゆくから

頼られたり好かれること多分多いと思う でもわたし嫌いなものもある というより嫌いなものしかないからやさしくいようとする

たぶんもうすぐ別れてさみしくてたまらなくなる日がくる そのときを考えるのはすごくこわい けど多分大丈夫 いつも嫌なことは忘れて生きてきたもの

変な話だけど最近ほんとうに高一にもどった感じがする 一番楽しくて本心と感情に素直でいられた時期

人といるとたぶんずっと笑っている お世辞笑いとかじゃなくて、楽しくなくてもなんかずっと笑っている

ばかだから素直にいきて毎日たのしいよみたいなふりしかできない なにがほんとなのかわかんなくなってきた わたし君の彼女になれればそれでいいんだけど

校長先生が幸せじゃないのは異常な状態ですっていいきったとき 人格を全否定された気がして即号泣してしまった

幸せが普通の人もいればかなしいのが普通の人だっていていいじゃん

わたし自身の中に他人は1ミリも存在しなくて、人と接する自分のなかに他人が組みこまれてる 手を差しのべるなんて大それたことはしないけどわかろうとすることはしたい

助けてもらいたいて思考が多分全くない、し、助かろうともとくに思わず 毎日なんとなくつらくゆるやかにすべてが流動的に進行している

たぶんずっと信じられないくらいいつも心だけやさしい 人にどうとかじゃなくてさ、あげなくたって優しさはいつもそこにあるでしょ

死にたくもないし生きたくもないけどたのしいことがあるなら生きたいし、楽しくないなら生きたくないなと思う

目標をつくって生きていける人間と生きづらくなる人間がいて、わたしは圧倒的な後者だ べつに目標がなくたって楽しくはなれるもの

生きる目標をみつけるというのが大変難しく、しかし意図しなければ意外とかんたんに生きられるものである…

どういうことができないとか不器用さとかしぬほどしってる でも怖がらないと安心することができない

知られたら、それを否定されるかもしれないわけで、そんなの現実のわたしだけで十分じゃないですか…

帰る家があっても帰る精神がないとだめなんだ

自分の世界を現実の人間にバレないように生きている自分をしっていることだけが精神の崩壊を防いでいる


ゆるされたいという葛藤はかわいそうじゃない

だめ完全にメルカリの受け取り評価みたいな文面になる

先生紳士で生きてないみたいでかわいいね 好きだよ存在してないから

わたしのメールでできる最大限のつかれたアピール「ヒィ」

zoomミュートにしてて相手の言葉に対してうんってLINEしたらうんはいらないよって爆笑してくれた推しかわいかったな、はぁ、銀河消滅しねぇかな突然

好きな人と通話終わったあともう1回かけて ごめん、おやすみっていってなかったから…おやすみ!(笑)てわけわからんことしてたわたしの強精神戻ってきてくれ、今

てかこんだけわたしが桜井さんすき♡♡♡♡♡♡ブラックジャック結婚したい♡♡♡♡♡♡♡♡とかいってんのに脈アリだと思う神経がすごい

何が怖いって今日が現実だったことだよ

わたし………………デートでまで推しの話してしまった……………………………………推し…好き……無理………はぁ………とか言いながらALFEE爆音で流してたしブラックジャックと結婚したいって言ってた ふざけてんのかよ

サークル員全員に引かれて帰ってこようと思ってこの前ロック画面のクソデカチャーハン見せびらかしてきた

ただ愛したいというだけなら相手側がいなくても問題ないのにわたしたちは欲が深いからそのゆき場を求めようとする

見つかるわけないのにいつもなにかを追っている すべてDSiと一緒に草原と川においてきてしまった

2次元や音楽やアーティストがすきでほんとうによかった 永遠に手が届かないなにかを愛していてほんとうによかった

幸せだから永遠を望むんだろうな

その病気におかされたら病気ごと愛しますか?
犬がフィラリアにかかったとわかった時、がんばれと言いながらわたしはフィラリアに会いに行っていると思っていた

存在してないものを愛するって大切なことだ…いつまでもがっかりしないもん 途中で振り落とされたりしないよ

無駄なことを無駄と知りながら愛せる人に出会いたいと思いながらいつもそうゆう道を避
けてきたのは出会って真実を知るのがこわいからなのか

大変恐縮ではございますが、わたくしでよろしければお殺しいたしましょうか?

素でしねばいいのにって口から落ちた ほんとに誰に言うでもない 思ってもいない 思考する前から勝手にするりと落ちる嘆息に近い穢れ

かなしみをしっている目だ ほんとうに湖の奥底からぼんやりと灯りを示すうすらかで余りにも清い清潔な陰りだ

餃子でうどん作ろうかな

一緒にいた時間に関係なく、ほんとうに安心できる人しかいれられなかった

ここまで人と生きるの苦手だとおもわなかった ずっと表面でしかみてなかったもんな 内面に誰かをいれるのはつめたい心臓を呑み込まされたみたいな感じがする

わたしの作る壁は楽しさや健康さ、ほがらかさや思いやりが主になっている ロックを聴くんだよねと言ったらその場の全員から驚かれた これでみんな壁で立ち止まっていたとわかった

思いやりの深さや空気の感じとりかた、相手のきもちなんかが伝って、そうして落としこむまでが非常にはやく、浸る

竹を割ったような性格だけど竹を割るために夜を犠牲にしてすべての不安につつまれている

白い空間のとおくの果てに先生がいて、それをしずかに見ている 縛られているときは大体そんな夢 先生はレールであり足切りでもある

先生を好きなのはたとえそれが本当でなくても正しいと思わせてくれるから レールがない人生だけがいいものじゃない わたしはレールがほしい

口からおちた言葉は真実みたいな顔をするからわたし自身騙されている でも騙されることで人は自分が“変わっていってる”って自覚するんでしょう?

もう克服したんだよっていえば本当に大丈夫になったようにみえる たぶん何一つまともではない

原作は色んな人を心に留めててほしいけどOVAはワンナイトがいい なにも覚えないで欲しい 残さないで欲しい 先生はひとりきりだから

いろいろ言ってるけど結局誰のものにもなってほしくなくてひとりの孤高なアーティストであってほしいって思うだけ 人間にそれを求めるのは土台無理な話だけどやっぱり夢見てしまう

ほんとに人生黒歴史なんやけどなんで黒歴史クリーナー現実にも実装してくれんの?

アーティストという虚像はリアルであるファンとは外であってほしい

ステージは嘘であるというのが根本にある ぜんぶ夢のようで、嘘だからこそそこは夢なのだと感じてる そこさえも本当ならもうわたしは生きてゆけない

虚像をつくりあげるのが生身の人間であるという事実

さんかくハウス

クソデカチャーハンの波にさらわれて

ぶっ飛ばした愛は冷めるのも超速球でした

ふわふわをひきちぎったら部屋中がふわふわまみれ 死ねばよかった /ひぐらしひなつ

ぜんぶクソくだらんすぎて涙出てきた 生徒会の時の地獄に比べたら全然マシやし一人勝ちできるわ

文字書いてるとき大体嘘ついてるし、口からつく言葉は大抵ほんとう

全部くそって打とうとしたら変換で好きってでてきて泣きたくなった うるせぇ

好きなのも嫌いなのもみんな全部永遠になってくれよ わたしはなんも変わらんのに勝手に解釈されてがっかりされるのかなしいよ

好きなものがたくさんあってでも忘れていって嫌いなものは忘れなくて、それらの世界とわたしの間には確実に有効期限があるわけで、そうゆうのを考えたらもうぜんぶ嫌になった わたしがアクションを起こすことでかわる変化もきらい

‪ 今更やけどメンタルブレイクて語呂すきすぎて瞬足みたいな感じで靴のメーカーになってほしい

こうありたいという祈りだけもってる なにもかもが破綻していて弱い

下手したらへたな大人より大人らしい考えをしてると思う時もある だけどそれを受けとめるだけの力も経験もない 全然子ども 永遠に子どもだと思うそういう意味では

苦しさを探すってまさにそうだったから言い当てられたのがなにか悔しくてずっとおぼえてた おそろしいことは知らないと永遠に恐ろしいもの

もう十分おとなになる準備はしたじゃないか 君は苦しさを探しすぎた て言われたのをたまにずっと思いだしている

深夜 通話しながら死をあつめることで一番耐えられない死に向きあう準備をしてるのかもしれないって自己満解決したけど絶対そんなのできない

手放しにもうわからないと泣く歳でもなくなった 泣く理由をわかりながら泣くのがふえた でもまだ騙すより騙された方がましだと思ってる

推しの命日に断食するため断食カレンダーが家にあるんですが、推しが増えるたびに断食デーが増えています

実際いきているのは死を集めるのと同じことだし、好きなことふやすとそれだけ傷つくかもしれないのにずっと増え続ける よくわからない痛みを自分からうけてる

どんどん小学生から離れてくのがこわい わたしにとってのシュガータイムはあのときだけだったんだよ

一生わからんでいい ずっと眠ってていい

根幹がかなしさで形成されているのはおかしなことでしょうか……ふつうのことだと 習った…たぶん、昔…

なんかずっとなにかが怖い 大丈夫になる自分を想像するのもやだ ずっと守られる側がいい 守るのはこわい

とくに意味はないけど毎日今日あったことぜんぶなかったことになんねーかなと思ってる

十分計算高いのもしたたかなのもわかってるそれでしか生きれないのをしってる

なんかもう常にえっちなものを45分間も見せられて眠れるわけがないんだよな 勝手にしやがれ聴いてるけど寝たふりしてる間に出ていってくれってほんとだよ煩悩が出てってくれよ

なにも考えてないけど考えなくても季節は移り変わるし頭もどんどん掃除されるし、すきって感情がそうした要らないものの中に入っているのかと思うとむなしい

思い返してみればわたしやりがいのある仕事も表も裏方も、細かい作業もどうでもいいような作業もいつも真剣だったしそれにたのしかった どこにいってもわたしがこのままだったら頑張れるかもな

なんていうかずっと死んだような日々だったから これからもそうだけど、前提に恐れを抱くのとそうじゃないのとはぜんぜん違うもの

ふわふわのスカートでいく 絶対たのしい きっとたのしい 楽しいことが確実に約束されている物ごとは素敵

かわいそうなものにはやさしくしないといけない かわいそうじゃないものにはやさしくなくなったとしても

練り消しが流行ってた小学生のころ、おれ練り消し工場のこどもだよって嘘ついてた男の子元気かな

だれよりもエゴイストになれるのはただわたしが聴くだけの人間だから パフォーマーとその受け手がいるように、わたしはただ受け入れるだけなので、わたしの中だけで作品はまた生まれ変わる 孤独と隣り合わせの夢

歌にもういないあの人を重ねたらたしかによみがえる気がした なにもかもエゴでしかない 歌は唯一あらゆる現実のしがらみから開放された神聖でそしてあまりに身近な逃避方法

続々と先生のアイテム届いてるけど正直じぶんがなにが好きできらいなのかわからんくなってきてる なにかを好きでいること自体を趣味にして愛をもてあそんでる

逃げちゃだめだ…逃げちゃだめだ…て肩で息しながら呟いて、いや、碇シンジかよってツッコミながら泣いた日のこと忘れない

あいしてる作家が亡くなったときどうしていいのかわからない 作品集めてるけどなんか ずっと亡骸集めてるみたいで

なんでなんだろうな なんで何かが死ぬときってこんな絶望するんだ まして動物なんて 言葉もかよわないしわたしのこと好きか嫌いかもわかんないし、勝手にどこかへいくし なんで死んだ時絶望するんだろうな

その手で何人もころしてきたのにありえないほどやさしい手つきでまた命をなでる ぶきみだと思わないの

ふりむけば幸せでした
ふりむけば地獄でした
対局にあるはずの言葉たち、どちらも同じ温度をいきているようにきこえる

結局じぶんに都合のよいことがその人の正義なんだから皆が皆わかりあえるわけねーだろ

先生の瞳なにもうつしてないから好き

でも先生は永遠に歳をとらないし、老化は自然であるべきだけど先生だけは違わないといけない 

生きてるものに制限を設けるべきじゃない けれど先生は生きていないから

宗教じみたことしか呟いてないのにフォローへらないのすごいな わたしの愛する概念もこの國というキャラクターも全部全部もとを辿れば幻想に身を寄せた宗教にほかならないのに

永遠につづきのない娯楽や時代をかけぬけた音楽家たちのメロディをききながらひとり誰もわたしすらもふれられない清潔な空間にとりのこされています

ほんとは行く場所とかどうでもよくて理由なんかなく川遊びとか公園とかいきたくて、でもいつもそうするしかないから繁華街にいくし都市部にいって別にしなくてもいいショッピングしたりプリ撮ったりコスメ見たりしてる

おわっちゃったものばかり好きになるなー

でもその人自身が好きで、会いたいって思うから会うだけだからべつに繁華街でも公園でもどこでもいいな

2度死ぬていうのわりと嘘じゃないと思うから 好きがとまらない限りずっと繰り返し本を読むし名前も思い出す どんな人かなんて知らないけどそれでも好きだから思い出す 2度死なせるなんて絶対やだ 全てが醜いエゴでしかない

死んだから好きかもしれないって最悪なきもち抱えながら生きるのも悪くない気がしてきた 所詮稀少価値に釣られる愚かな女

つまり人はどのように生きればよいかということがわかっていないのに、どうして死とは何かということが分かろうか。

先生が言ってたこの瞬間は永遠なんだって言葉ちょっとわかってきた気がする

昔もらった言葉も今は違うんだろうなって思ったりするけど、そうじゃなくてあの瞬間が永遠なんだろうな。今そうじゃなくてもあの時あの瞬間、たしかにその感情は生きていて、また保存されて今もその事実だけそこにある

家の外で森山直太朗のさくら独唱してんのマジで誰?

不慮の事故で亡くなった方を思うとき もしこうだったら、ああだったらと巡らせる
でも はたと気づく もうあの人はあとかたもないのだと

古典文学の日記は本人がわかればそれで良く書いてあるから読み手は苦労するねといわれたのを思いだしている

わたしは文章を書く行為を娯楽として扱ってるのに甘えてそのスタイルをまねている

いつまで経っても未完成な自分よりその一瞬でも完成したものになれる作品の方が楽しいじゃん

目にうつるものしか本当と思えない

人生はこわいな〜😭😼←ねこ

きれいなのはちゃんと綺麗だけど、人間だとそうはいかなくなる 綺麗なのをぜんぶ清潔なものだと思いこみたい 性善説をしんじた

ぜんぶ最低だから頭だけずっと最高で、その高低にまいにち耐えられないとおもっている

人間関係もメンテナンスしないと綻んでゆくのかなしい
ほっとくと勝手に永遠のおもいでになる

すき(大好き 苦しい 愛しい 締めつけられる かわいい かなしい 憎しみ 切なさ 憤り 不安 恐怖 祈り 大切 貴重 絶望)

だいじがることさへ 要らなかった 子供であるのは ぜいたくな 哀しさなのに そのなかにゐて 知らなかった /吉原幸子「喪失ではなく」

生きてない推しができるとメンヘラくそ女化して幻覚を見だして泣いてしぬんだけどこの定義でなんで「推し」って表記するの?

わたしにとって無意味で、確かに存在していて、そして膨大な贅沢をはらんだものがアナログの絵そのもので、
時間をかけてなににもならないものを描きあげた時に残るそれは ただ己のためだけに消費されたあまりにも贅沢な時間の結晶で、それをしらない純粋で清潔な一枚の紙きれです。

わたしはこんなにも無をうみだしてきたんだなと思うたびほんとうに幸せになる

なんて恵まれた生を生きて、そしてそれを無駄に費やしているんだろうと眺めるたび絶対に口の底から涎があふれる たのしくて

無意味な一本一本の線にくるわしいほど愛を感じる 絵ってそういうものでしょ

芸術に日本語に生命に ぜんぶ色んなことをわたしは愛してるし、これまでの葛藤も全部贅沢な悩みだったんだろうな わたし幸せだな

わたしが本当に感じるべきたのしさとかなしさは9:1ほどなのに、わたしはいくじがないからいつも勝手に2:8くらいにしてしまう 贅沢で卑しい人間だと毎日おもってる

みじめったらしく過去のことを覚えてるより、忘れてしまった方が何倍も何倍もかっこいいと思うんだけど、ちがうのかな 過ぎ去った過去のきれいなことたちを、戻らないからと崇め 奉るよりはもっとずっと、清いとおもいませんか

砂浜の上の果てしない安心感
おおきなくじらにだったら丸呑みにされてもよいです

自分が言ったこととか正直かなりわすれている

偶然の祝福という本で、フィラリアの薬がでてきてて、あっと思って、しばらく手が止まった。読めるでしょう、と思ってそのまま読み進めたら、ラブラドールとでてきて、もうだめだと思ったけれど、牡だと知ってやっと息ができた

きっと大人になったらこの子も考えがかわるだろうし、昔みたいに世界に反抗しないだろうしわたし以外全員消えろなんてかわいいこといわないとおもうし、なんか鬱になるな
ああなりたくないと思う女子そのものだったて歌詞大好きすぎて一生みじめになりたい

やさしいよるがはじまっているとむりやり嘘をついて眠りたい

自分中心の生活の中で人をサポートする活動に参加してたけど、いつかそれが反対になるときがきたらいい

水辺とか赤い橋とかコンビニのビスケットアイスとか、そういう想い出が深いものってたぶん大人になってもずっと好きなんだと思う
眠れない夜にであって、どうしようもなくて昔かいた自分の童話を読むとき、ほんとになにもかも自分のためにいきてきたなと思う

あーあ 川であそびたい 別にショッピングとか映画とかプリクラとか とくに好きじゃないんだよな

いやでも歳はとるから それ相応の遊びしかしにくくなってしまった

かけなかったけどほんとに言いたかったのは文章における影響力というのは凄まじいんだということ。

自分でもきづかないうちになにかに影響されてるし、また人に影響を与えてるものなんだと こわいことに、当の本人たちはほとんどそれに気づかない

たぶんだけど、なんどもなんども同じような文章をみてると、他人なのに自分の考えのように思えてしまうときがあるとおもうんだわ
とくにその相手が自分の尊敬する人や好きな人、友だちだったりすると なおさら、元からある好感も手伝って起こりやすいと思う

それとわたしが昔よりひらがなを多くつかったり、簡潔でシンプルな文章を選ぶのは、読む人をこちらから選びたくないと思うから。
あまりにむつかしい形だったり難解な用語ばかりつかうとひとつの方に傾倒したひとに限定されそうで。

そういう境をなくしたいっていうのもあった
どこまでも素直で無意味な文章がかきたい

なんか ずっと 色のついた存在になりたくない 
わたし自身は無でいい つくるものだけ色があればいい

いいねをふぁぼにできるアプリでTwitterみてるんだけどふぁぼする度にこの世界でふぁぼを使ってるのは私だけなんだ……ていう謎の虚無感に襲われるし鬱は加速するしいいことなんもないな

わがままフェアリーミルモでポン!が大好きだしギャルが好きだしゼロ年代がすきだし、なんで好きかってみんなどんな形でも自己主張をしてるから

好きなのはギャルでなりたいのは清楚系だけどともだちになりたくないのはギャルだし清楚系の女とは同族嫌悪で話が合わん

みんな元気に生きてるしわたしも明日から毎日踊るし庭の雑草か草かよくわからんやつに水あげよう

臆病って 心をいれるところっていみの臆とやまいの病で成り立っててなんか嫌いになれない

わたしたちなんか所詮うごいてしゃべる肉なんだからな 肉に優劣はない

早く人がおるところにいって自分の無力さにうちのめされたい 会議とかで確信をついたことをあたかも簡単にいうような人にビビりまくって泣きたい

ずっと家とか近所におったら頭おかしくなる 外に出ないとだめなんだ……せまいコミュニティは傲慢な人間を産むきっかけになりそうで…

それは冗談だとしても鳩とかどうぶつに自分は人間だからってえらぶる人間はマジですかん 大自然の中で生きていけんくせに

先なんか今も昔も考えたことなくてずっとパワーとノリで生きてきた

思えばなんであのころ河原で永遠のように遊んでたんだろ

最近寝る前はずっと時の旅人きいてる

やさしいって言葉ほんとにすきだな なんでもやわらかな意味をもつから

やさしい歌 やさしい小道 やさしい叫び

もう会わないからあんなにやさしくなれる

正しいと思う道を信じて進むのがわたしの救いだから これからもずっと、わたしは、清く、ありたい また誰かほんとうに大切な人がいなくなったときに、頭から倒れないように
たとえばこの人は親友ですといったとして、言葉にしたとたんそれは図らずも呪縛になると思う

束縛やいらない干渉がなにより悲しいと思うから関係をつけなくてもここちよい関係だといいね、とおもう

友達だからたのしいんじゃなくてわたしとあなただから楽しいんじゃない?てなる 
だから無理して関係づくりに躍起になる必要もないと思った

人間はたのしい生きものだと思うから分け隔てなく誰でも好き 

たまに暴走してしまうかわいそうなものもあるけど、動物なんだから総じてみんなかわいそうな生きものなんだよ やさしくしろ

やさしく強ければ無敵だと思う 満たされてない人は満たされた人を見るとかなしくなるから 

やさしく強いのはみえない鎧だ

名前をつけてしまうとみんな死ぬから嫌っていったのあながち嘘じゃなくて 仲良くしてる人でも自分の師でもなんでも、互いの関係に名前をつけるのがなんかすげぇ嫌だ

かなしいのが常だったからまた新しい悲しい環境に戻ったと思えば楽になった

かなしい期間がおわったら、例えば筋肉が痛めつけられて期間を置いたら質量が増しているように また一歩すてきな人に近づけるって思う

でももう こういう悲しいことにならないために私たちは学ぶんだときづいた

騙されないために、自分ひとりでたつためにわたしは学ばないといけない

何がいやって、感染病のせいで
日常のなかでつねに誰かが誰かのことを憎んでたりそれを発言してる姿があること
だれかが楽しくないならわたしも楽しくない
みんなハッピーじゃないとなんも意味ない

本日は精神の葛藤、ひとりで立ちたいという願望と、人は一人では生きてゆけないと言う事実とのせめぎあい、思春期でしょう。明日は雨

むつかしいこと抜きにして 単純に受けいれることも、疑わずに物ごとをみるのも、たまにはいる

べつに 全部を得しようとは思わずとも人は生きれるし、騙すくらいなら騙された方がましだとたまに思う

いかになにも考えずにいきてくかを人生をかけて実験している

ほんとうに色んな人がいる中で自分をもって生きるのは容易ではないし完璧にはいかないけど、それでも志だけひとつあれば たぶんなんとかなるわ 周りがどんな状況でも

おそらくこれから先、しぬほどクソみたいな人間に出会うと思うしボコボコにされると思うから、そのとき死なないために心で殴るために、いつも戒めとしてこれを思う

これまでも相当、あぁこんな卑劣な人間がおるんやって経験も多かったしその時のショックを重ねて今があるから、もう同じことをしないために学ぶし、知ることをやめないし、常に成長していたいと思うんだろうな

辛い経験は必ずしも悪ではないわ

冗談でもけっこう真剣に約束を守る方なんだけど、大学受かったら志賀島まで泳いで横断するわ(笑)っていったの友達忘れててほしいな
なんか病原菌のせいかもわからんけど全体的に生きてる環境が暗くぎすぎすしてきてるの悲しいな

こういうとき、なんか平安文化と江戸文化の明るさとかなしさへの対応の仕方を思いだす
平安は悲観的になり、江戸は若干狂気を孕みつつも楽観的になる傾向/引用源わからん

絶対に敵わない運命だと分かりながらも
それでも、それでも立ち向かい、
「奪う者」として気高く、誇り高く生き、
「覚悟」をもって、最期の闘いに挑んだDIOが、
自覚をもって「悪」として生きたDIOがわたしはほんとうに大好きだよ

自分にない物をなにもかも持っているジョナサンが目の前にいて、
どんなきもちだったんだろうな
お前には絶対に理解できるはずがないと心を守りながら、ほんとうに殺してやりたいと思っていたんだろうな。
「受け継ぐ者」とか「与える者」とかそういう概念を 憎んでいたんだろうな
DIOのしたことを認めるわけではなく、赦すわけでもなく、ただただ、DIOの信念や生き方を「解りたい」と言うジョナサンが描きたくてかいた 絶対にDIOのことを「ディオ」としかよばないジョナサンが描きたくてかいた

やさしい 夢のような世界観の裏でぴったりと息をひそめる絶望みたいなか世界観をかくのが最高に好きでね…(最悪)

寝てたら突然家族がわたしの電気毛布に入りだして「え…?」てなりながら布団から出て「え…?」ていいながらテレビつけて今スポンジボブ見てる。え…?

すてらちゃんがやさしいと次の日の朝おきたら家壊れてそうで怖い

ふざけた秩序のない話をかくのがすき
日常だけど生活感がない、
会話のなかで、隕石とか火ネズミとか空にうかぶ牛とかが軽々しく出てくるようなきもちわるい雰囲気が好き

平たくいうと、軽く意識のなかに流れるだけみたいな文章がかきたいから、
メッセージ性が全くないんです わたしの話

ひかってるのは終わりがあるからだし、そう思うと終わりのために生きてる気がしてならない
そんなこと思ってるとLにまたですかってわらわれる

やはり 眠りの話は、良い…
どんなハッピーなストーリーよりも魅力的だった
三大欲求のうち、もっとも甘美で神秘だと思いませんか。
眠りはしらない世界にいける

なんかさいきん何してもつかれてしまう ちょっと頑張ったら寝るをくりかえしてる 単調な人間だから

友だち同士の人間関係ってあまり深く考えたくないし、考えるのを避けてきたけどほんとに色んなパターンがあると思う。
やっぱりみんな完璧にその人のことを受け入れられるわけじゃないと思うし、それぞれ許容できるところとできないところがあると思う
そういう“グレーゾーン”っていう限りなく
繊細な位置で友達関係って成り立ってると思うんだよね
むつかしいよね それが面白いところでもあると思うけど

わたしは友達のことは完璧に日常と切り離して考えてるのだけれど、
変ないいかたをすれば神聖なものとして扱ってるのかもしれない…

大切な人は大切にしたいし、大切にしたいがために自らグレーゾーンに入れてるんだと思う。そして日常と切り離すんだと思う
依存されるのも干渉されるのもたぶん心のどこかでは気にしてないし許してるんだとおもう
ただわたしが依存する環境にならないことだけを望むから

いつだって依存する側が不利、される側が有利だと思ってしまうのはどうしてなの?
人にもものにも依存したくない ならどうするか 本と音楽

プライドの高さや頑固さと同じくらいゆるさとやわらかさがあるのをしってる
けれど相反するその性質のせいで生きづらいのも知ってる

生きてゆくうえで一番いらないものと一番ひつようなものを備えて生きていると思う

興味がなくても本を読んだり知識を得ようと自分から動くことのいい所は、感情の分析がしやすくなることだと思う。
いらいらしたり悲しかったりする時の原因のひとつに 感情の原因がわからないことがあると思うから

知識をつければ、今自分がどうして悩んでるのかがわかる。それが分かれば解決が見える
学力があるから 地位を得たから偉いのではなく、単純に学を得られること自体ありがたく素敵なものなんだと、ほんとうに学びを知ったとき その豊かさにふれたときに知る

いつも思うんだけど、地位が高いとなんで偉いんだろ
たとえば日本だと身分や地位が上の人は敬語を使うけれど、本当に敬意を払うという意味での使い方をしてる人はどのくらいいるんだろう
ただ地位が高いから 敬意を払うのはなんか違うと思う そうして高い身分にいるのをいいことに驕り高ぶるのも違う
結局のところ、ひとりでは生きてゆけないといいながらもやっぱり人はひとりだから、色んなことがおしまいにならないために捨てるところは捨てていかないといけないんだと思う

会いに行ったら会ってくれる
帰りは引きとめられない
なにもいわなかったらなにもない
大好きってメールしたら大好きって返ってくる花DIO

0コメント

  • 1000 / 1000