所感
長田弘さんの「朝の習慣」をみて、まど・みちおさんの「どうしていつも」を思いだした。
いつの日も、朝の光の、シンプルで、精妙な、移りゆきに、何か、親しい息づかいを聴くように、どうして、ときめくように、魅せられるのだろう。
/長田弘「朝の習慣」
親しいとときめくは対になり、日常の中にある朝が切りとられる。そこにあるのは神秘であって、でもけして知らないものじゃない。
まど・みちおさん。最近彼の詩集をあたらしく書店で見た気がして、健在だと思っていた。インターネットで調べたら2014年に逝去されていて、え と声にでた。しらなかった。
高校生のときに彼の年齢をしって、勝手にさびしくなった。どうしてどれだけ功績を残しても100年しか生きられないんだろうって思ってた。へんなの、すでにいなかったのに。
思いこんでいた。勝手に。いつもそこにあるのだと。
太陽 月 星
そして 雨 風 虹 やまびこ
ああ 一ばん ふるいものばかりが
どうして いつも こんなに
一ばん あたらしいのだろう
/まど・みちお「どうしていつも」
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