さようならをして
ふらふらしていたら夕になる。夕が瞬きをしたのを合図に夜になる。夜は全てを広く見せてくれるから好き。本当にどこへでも行ってしまえそうな気がする。
わたしがこうして句点読点を当たり前につけるように当たり前にわたしは枠から足を踏み出さない。リコーダーは元の位置に戻すし踏切を跨いで線路に出ない。本当はどこへも行けないくせに水族館のトンネルをくぐって外の世界を歩いた気分でいた。
昼と夜でそれぞれ働く場があってそれぞれの人間関係があって、幸福だと思う。どこでも生きていないから共同体は多ければ多いほどいい、と思ってみる。猫みたいだねといったらありがとうと返した薄気味の悪い男を思い出す。最高だった。最高で最悪な幻みたいな一瞬だった。誰にも一途になれないから幸福になれないんだと昔言われた。わたしが愛してるのはわたしだけだから、そりゃ誰にも一途になれないよなと思う。
朝がきて夕がきて夜がくる。またどこにも行けずに足踏みをする。今度の今度こそ、と思いながら片道切符を破っては捨てる。あの時わたしは、長崎から逃げ帰ってきたあの夜だけは、わたしを肯定してくれた気がした。全てから遠ざかることに前向きになれた気がした。
崖、よく分からないお地蔵様の前で手を合わせる。帰り道の分からないとぼけた場所で、ゆびきりうたをうたった。おしまいにならない日々を強制的に終わらせないわたしも、それを願っていたわたしも、どちらも気持ち悪いと思った。潔さを持った時、わたしは
うそつきだ。全部うそつきで最低だ。わたしはそれを知っているから、まだ大丈夫だ、たぶん。と思いながら、リコーダーに赤線を引いて真ん中からかち割ってみる。
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