紙やすりにひとしい
答え合わせをしたいの。そういったとき、彼の瞳もぼんやり揺れていた。その瞳はくすんだり、くぼんだり、様々な色に変わっては、最後にひとつの色に戻った。彼の瞳。
「じゃあどうして、僕をこんなふうにしたの」
まるで台詞みたいだ、と本を綴じながら思う。1ページ1ページが別の話の、別々の人生の繋ぎ合わせ。
わからない、と答えれば、ばかばかしいと思えるほど溢れる瞳とかち合う。涙が、人ごとみたいに伝っては染みをつくる。赤のカーペット。貰いもの。けさばって色の褪せた部分が、深い藍色のようになる。そのさまを、人ごとみたいにみている。
「わかんない」
「でも君の目に映ってるのは僕だ」
僕だけだったんだ、と耳元できこえる。ばかげているとしか思えないほど、その声は遠くで聞こえる。さざんかの夏。蝉の声が聞こえる冬の春。遠い景色のなかで、うつろいながら笑い合うわたしたちがみえる。
「わたしね、傷つけようと、してなかった」
それでしかない言葉、そうとしか紡げない言葉。
「でも、気づいたら、同じことをしていた」
同じこと。回されていた手がおもむろに解かれていく。強張ってもいない、互いに理解し合った手のひら。
同じこと、同じように、傷ついたこと。人生の節目節目で、わたしが受けるべくして受けてきた屈辱、孤独、殺意さえも全て包摂したなにか。
「あなたをころしたかった」
「愛で、殺したかったの。それに気づいたのは最近。なにもかも、全て順当な流れとして、わたしのなかに組みこまれていた」
彼の瞳は見えない。いつも見ようと思うときにすれ違う。彼はいろとりどりで、だからそこに映るのはこれまでわたしが出会ってきた人々たち。
流れるうたも、小さい虫たちの息遣いも、何もかもこの家の外にあった。窓枠がふわりと浮く。
「じゃあおれ、どうしたらよかったの」
どうにもできない。あなたは愛され方が違うから。わたしの愛したい方法で、あなたは満たされないから。なにかを怖がらせてまで愛したとして、それのなにがうれしかったの。
0コメント