陽をいれてやさしく


 文字が書けたらいいなと思って日記を書いてる。今は39分、13時になったら戻らないといけない。文字を書いてみる。昔かいてた短編、長編小説の技巧の細かさを思い出してみる。今のわたしにはもう書けそうにないものたち。あの時だったから唯一書けた貴重な時間たち。よろこびの方法がわからなくなる。

 もうすぐみんないなくなるのが嬉しくて仕方ない。もうすぐうちが生まれ育った場所とか、人とか、友達とか、家族とか、そして出会った男たち。みんないなくなってくれる!楽しい。嬉しかった。まっさらになれるはずはなくともそう錯覚できるだけ幸せだった。みんな捨てるんだ!リスタート。再出発。新天地。全部一からはじめて、全部最初からなかったことになる。全ての事柄が夢になって、そうして全て灰になる。生きてきたこと全部無駄だったみたいだ。

 ピアノの国に行きたい。音も色も笑いもない。何もない、みんな死んだ、生まれ変わりも起きない気持ち悪い国。それでまたありがとうっていうんだ、Lが起きたら。
 決まりきった構文、安っぽい羅列。どうしたらこう生きられたのかまるで思い出せないと思う。

「まるで」

 みんなうちのこといらないって消える。最初から知らない人みたいにいなくなる。なんで? 私ほしかったのに。一生付かず離れずいたかったって、これが常に本音だった。本気で、心から、そう思ってた。なにが誠実でなにが悪いことなのか、基準は他人に頼るしかなかった。夢をみせてほしかったんだと思う。人と触れ合って、かなしくてうれしくて涙がでるような、呼吸を忘れるくらい一体化したような、完璧で最悪でめちゃくちゃな世界をふたりで体現したかったんだ。でも手に入らないなら何もいらない。少し完成するくらいなら何もかも発展途上で、むしろ完璧に無の方がせいせいとした。

 あっけらかんと同じだねって笑う君が見える。遠くで閑古鳥が鳴いて、近くで地を這う蛇の戸愚呂があいさつをしている。
 さようならの音色も、こんにちはの写真も、何もかも黄土色をして側にあった。近寄りがたい物たち、理解し得ないものたち。

「さようなら」

 みんな手を振ってる。わたしは、ぼろぼろ惨めに号泣しながら、船と繋がる色とりどりのロープを切る。なんで?見送られるのはいつもわたしだった。かけがえのない白黒フィルムは朱色でバツが入って。
 さようなら。さよなら。これきりですね、お元気で。「なんで」なんで?

 消えないロープをもってた。持ったまま、立ち尽くして、地平線すれすれをカモメは飛んでた。目が合うたび、反射して、みなもが。全部死んだらいいのにって思った。ポケットに入ったポケモンカード、左から水にふれてちりぢりになる。こんなことなら誰かにあげておけばよかった。最低な後悔なんて犬も喰わない。最悪な懺悔なんてなおさらだった。

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