アウトオブ犬 改


 やさしいうたが聴こえて、いまが夢かほんとかわからなくなる。夢ならまだねてたいし、ほんとなら朝日と遊びたい。

 頭が回らないとなにもかも秩序がなくなってこまる。今も牛の毛皮と曼荼羅が手をつないで踊っている。ひどく悪い夢。
 
 今日はひさしぶりにスコールのような雨が降り、通っているペットショップが休みで、おまけに台風のこどもが居候にきて大変だった。
台風のこどもは、大人になるためにしばらく力を貯めていたいらしい。住んでいる犬は怖がってタオルケットから出てこない。

「犬ちゃん、ほら、こわくないよ。台風のこどもは悪さはしないから」

呼んで、ふと、あぁ名前をつけていなかったと気づく。なるほどわたしはいつだってもちものに名前をつけようとしない。現にもちものと思っている時点でもうだめなのだ。
 すでに紫いろの空はかたかたと不気味に鳴りはじめ、からかさや小豆洗いが空を舞い始める。カーテンをしめる。反動で近くのペットボトルが倒れる。

「ワン」
「……ほら、おいで」

いつまでも駄々をこねるような犬をみていると、わたしまで泣きたくなってきて、名前をつけてしまうぞという気持ちになる。名前をつけるとみんな死ぬからいやなのに。


「ほら……」

 と、タオルケットをまくればもういなかった。あたりまえのように、そこは完全な無だった。犬はいなくなった。隣の台風のこどもは満足そうに息をつく。まさか、とこぼす前に台風は消え、もうわたしにはなにも残っていなかった。

 ほどなくして、かたかたとあずきが窓を叩く。外は相変わらずの紫で、とおくで雷鳴もなっていた。
 
 足元にのこる、犬の首輪。手をのばすと、一応さわれた。ひとつくらい。と泣きべそをかくと、ちりんといつのまにかそこにいた猫と目があった。

「名前、ほんとはきめてたの」

でも、こわくてつけられなかったの。
夫婦喧嘩は犬も食わない。わたしの犬もそういう判断をしていたかしら。
大丈夫、わかってる。後悔もたぶんきっと、犬も食わない。


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