瞑想
久しぶりにみた月はほんとうに綺麗でした。薄青く発光したそれは朧月と呼ぶのにふさわしく、また目を細めればいくつものひかりの結晶が重なりあっては円くほころんでいました。
ぜんぶ嘘かもしれないとあの人はいいました。手にはてらてらとひかる下品なリードを携えておりました。犬はどこにもみえません。みたくありませんでした。あらゆるものが思考の中で粉々になり二度と戻ってこないような気がしました。男の顔もよく覚えていません。このところ何もかもが薄くもやがかかるようになります。どうしたらいいですか。どうしたら正しくリードをひけますか。空気はまるでしんとしていた。ささやくふくろうの唄と穢れを知らない澄んだ夜の空気は神妙にまざりあい、うつくしい比重のなかで溶け合っていました。
月のなかに犬がいた。あたりまえのようにこちらをみていた。犬はやさしい。こちらが忘れてもきっとあの人たちはいつまでも憶えてる。どこまでも地の果てまで、と思うと悪寒がした。心の底からこわいと思った。きっと観ている。犬はまっすぐな愛をもつから。たとえ見放されても、いつまでも純粋に愛するから。涙がでた。ごめんねと思った。ピンクの骨はまだ覚えている。こちらをみている。ほんとうに忘れたいものほど忘れることができなかった。不器用な心象はそのまま崩れたパレットを撫で、空気がすべる音さえ溶けこんだ。真っ青な帯がするりとおちる。ようやくわたしは忘れていた目をあけた。
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