逆流するプール


 頭が痛かった。雨が降っても痛くならない頭が自慢だったのに、最近は調子が悪い。こうやって文字に起こすのも本当に久しぶりで、だって言葉なんてかけなかった。一時期妙子という名前があるだけでも言いようのない気味の悪さを感じて、だめだった。
9771という記号になった。囚人のそれのような記号になることはわたしを楽にした。
 意味のないことが好き。意味があるというだけで逃げ出したくなる。意味のない天気、意味のない言葉。それらって作為がないことと思いこんでいた。なにか、怖かったんだと思う。枠のようなものが。


 最近おかしい。いろんなことの歯車を1本1本壊しているような感覚になる。1日の自殺者数を検索して安心する。オイルを良く揉み込んでも乾燥する髪のことを想う。自暴自棄になっていた。信じたくなかった。傷ついていないふりをした。もう本当はどうにもできないところまではまり込んでしまったのかもしれないと思うと怖かった。だからこうして文字を打っていた。ひとの形を確認している。音楽が常に流れていたことは知っていた。無意識中の行動。何もできなくても眠ることができるように、思考をとめたって音楽はまだ娯楽のかたちをしていた。

 人間がいやだ。嫌いとかじゃない。ただ人間がもう嫌。もう何も、なんだって本当はしたくなかったんだ。でもどうして身体が動く。大人になってしまったらしい。記憶と意思の外で。そうでないなら、もはや否定することも怖がっていたのか。ワープロに、最初搭載されていた絵を描くソフト。あれがぼろぼろに朽ちる様を想像する。わたしもただ大人しく聞き分けの良い女だったらよかったのかもしれない。無害そうな、いかにも優しいというような。お前たちがいうやさしさってなに。優しさって言ったってみんなに優しいのならそれはわたしを傷つけたし、何にも優しくなんてないんだ。優しいが故に優しい人は傷つくのだし、もうそういうのをわたしは見たくない。ひとりに、心をひとりきりにしたい。誰のこともいれられなかった。でもひとりきりになることだってできなかった。自分が何をしたいのか、したかったのかわからなくなる。
こうして書いていても、また明日はあたり前にやってきては時間を奪ってどこかへ消える。いいな。帰る場所があって。

 ひとりで落ち込んで泣きたい。暗い部屋で。テレビはついていたほうがいい。どうせ誰にも連絡ができない。流れる静かな時間を想像する。そこには誰もおらず、ただ呆然とした、放り出されたような顔をした空気があるだけ。きっとそれだけで幸福になれた。読書もいいはずだ。わたしは、ひとりにならないといけない。誰かといてはいけないんだ。頼りたくなるから。中途半端に他人の人生に関わって、土足で踏み荒らしたと思ったら次の瞬間には消える。そういうところだった。それをしないでおこうと思えばできたのに、しなかった。意地悪だった。わたしだけ苦しんでいるようで、何かにぶつけたかった。最低。なら好きって言えばよかったのに。また抱きしめてほしいって言えばよかったのに。
雨がふる。水たまりを大きくしては空想のなかで蛙を遊ばせている。わたしを馬鹿にした女を思い出す。頭の弱そうな女だと思ったんだろうな。実際そう。馬鹿だから人の気持ちをわからない。ねえダンスでもしようか。曲は、あまり知らないから好きなものでいいよ。それ、前に聴いたことある。たしか湖に家出した時。何もわからない土地でわたしたちは、ふなっしーのシャツを着ていたんだよ。リサイクルショップにでも出せばよかった。もういつ捨てたのかもわからない。
 わたしのことすき?お菓子の包み紙がおちてる。それに蛆がわいて、綺麗な色になる。ふなっしーの顔面の汚れ。能面は、左端の表情だけ泣いて見えた。無機質なアブ。もはや腐敗する肉体すらもたなかったあれらに執着していたわたしはなに。

 身の回りのものが白くなる。何も考えずにバイトに行く。耳を通り過ぎる音楽がだってこと以外はこの際どうだっていいって歌ってる。桜が流れる。みなもを眩しく照らしてはとりが一人きりで。好きだってこと以外は。立ち尽くして。どうだっていい。君が。まるで銀箔でできた剥製のよう。どうだっていい。君が好きだってこと以外は。この際どうだっていい。君が好きだってこと以外はこの際どうだっていい。君が好きだってこと以外は、この際、どうだっていい。車の音なんて、ノイズキャンセリングで聞こえない。うるさすぎて聞こえない。わたしは、友達を捨てた。

 友だちは消えたりしないからちゃんと丁寧に埃を拭わなくてはいけなかったのに、埃をつもらせた。バイトだったら毎日クイックルワイパーをかけるのに。アヒルには友達がいて、あのしょんべん小僧でさえみんなとの居場所がある。死にたかった。もうなんにもできないな。わたしって存在しててよかったんかな。知ってる!意味なんかそもそも何にもないなんてことくらい。豆柴だって知ってるさ。


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